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広島高等裁判所 昭和57年(う)35号 判決 1982年5月25日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中七〇日を原判決の本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人新井照雄作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

論旨は要するに、「本件被害者森友敬二は、警察官であつて、金品の抜き取り犯人を検挙する目的で犯人が同人の財物を奪取することを予期し、期待して待ち受けていたものであるから、原判示皮財布についても占有の意志がなく、したがつて、被告人の原判示所為は窃取に当たらないから、被告人は無罪である。仮に、そうでないとしても、共犯者西城は皮財布を抜き取つた直後に逮捕されたもので、未だ森友の皮財布に対する監視支配が継続していた状態であつたから、未遂である。しかるに、被告人に窃盗罪の成立を認めた原判決は事実を誤認したもので、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れない。」というのである。

そこで、記録を調査して検討すると、原判決挙示の関係証拠並びに司法巡査作成の現行犯人逮捕手続書謄本及び差押調書謄本によれば、(1)、昭和五六年六月ころから広島市内において仮睡者を狙う窃盗事件が多発していたので、司法巡査森友敬二は犯人を逮捕するため捜査の一環として、原判示日時ころ同判示場所に仮睡者を装つて横臥していたこと、(2)、被告人は、原判示西城義美と相謀り、仮睡者から金品を抜き取ることを企て、適当な仮睡者を物色しながら原判示日時ころに同判示場所にさしかかり、横臥していた森友巡査を発見して、まず、被告人が同巡査に近寄つて同巡査が眠つているかどうか及び金品を所持しているかどうかを確かめ、次いで、西城が同巡査に近づいてそのズボン左前ポケツトを拡げ、ポケツト内に手を差し入れて同巡査所有の原判示現金在中の皮財布一個を抜き取つたところ、同巡査及び同所付近に張り込んでいた岡村巡査に現行犯人として逮捕され、その現場で右手に所持していた右皮財布を差押えられたこと、以上の事実が認められる。もつとも、被告人の検察官及び司法巡査に対する各供述調書の供述記載並びに原審公判廷における供述中右認定に反する部分は措信し難い。右事実関係によれば、被告人は西城と共謀のうえ、森友巡査から、その管理する前記皮財布一個を抜き取り窃取したといわざるを得ない。

所論は、森友には右皮財布に対する管理支配の意思が全くなかつた旨主張する。しかし、森友巡査が、前記皮財布を自己のズボン左前ポケツトに納めてこれを所持していたことは前認定のところであつて、このような占有の状態からみても、同巡査に皮財布を管理する意思があつたことは明らかである。もつとも、森友巡査が抜き取り犯人検挙のため仮睡者を装つて横臥していたことは所論のとおりであるが、同巡査において積極的に被告人の窃取行為を誘発したり、又は自ら皮財布を差し出すなど、皮財布に対する占有を放棄したとみられる事実が全く認められない本件においては、犯人検挙のためであるとの一事をもつて所持品に対する占有の意思を否定するいわれはない。所論は採るを得ない。

所論は、また、被告人の本件犯行は未遂にとどまる旨主張する。しかし、本件の如く屋外の道路に隣接する銀行の玄関前階段に横臥している仮睡者の着衣のなかから金品を抜き取る場合には、犯人が被害者の着衣の中から金品を抜き出して所持した段階において、被害者の金品に対する占有を侵害してこれを自己の支配下に移したものというべきところ、被告人の共犯者西城が森友巡査のズボンのポケツトから皮財布一個を抜き出してこれを手に持つていたことは前認定のとおりであるから、本件が既遂であることは明らかである。もつとも、森友巡査は、仮睡者を装い、共犯者西城の挙動を監視しながら、同人を逮捕する機会を窺つていたもので、皮財布が自己の着衣内から西城の手に移る経過を十分認識していたと認められるけれども、このように、被害者の監視が継続していたとしても、皮財布に対する占有が客観的にみて、被害者から窃盗犯人に移転した段階において窃取行為が既遂となることは明らかである。所論は採るを得ない。

以上の次第で、被告人に窃盗罪の成立を認めた原判決には、所論のような事実誤認はなく、論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して当審における未決勾留日数中七〇日を原判決の本刑に算入し、当審における訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書によりその全部を被告人に負担させないこととして主文のとおり判決する。

(干場義秋 荒木恒平 竹重誠夫)

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